3名のマイスターの豊富な経験と強みを活かした、
層の厚い実技指導で生徒の技能を向上させる
生徒と共に課題を解決し進めるプログラム
マイスターのお三方はものづくり(建具製作)の経験がほとんどない生徒たちに対して、どのような伝え方や取り組み方を大切にしましたか。また生徒の方は受講して感じたことを教えてください。
佐藤 私が大切にしていることは、仕事を始める際は形から入るということです。作業の姿勢1つにしても身体の構えや物事に対する態度、心構えを教えるようにしています。例えば、鋸(のこぎり)を使う時は、墨を見て、押さえて、挽くという3つの動作が重要です。「墨を見て」とは、木材などを切断する箇所の目印として引かれた墨の線を意識することです。これは、鉋(かんな)をかける時も同じですから、まずはそれら道具の使い方を指導するように心がけています。
菅原 単純にものを形作るだけではなく、工程の中で課題が出てきた場合に、生徒と一緒になって解決していくというスタイルを心がけています。また、学校側が作成した学習指導案に基づいて、何を教えるべきかを明確にしながら、3名のマイスターと教員、コーディネーターが情報を共有し合い、共通理解を図ることも重要です。そうすることで、生徒に対してもスムーズに講義を展開することができます。
高平 以前から、小学校や中学校からの依頼で建具製作の仕事内容や実演を通して教える機会があり、その中で若い世代への技能継承に関心を持っていました。現在、石巻工業高等学校には3名のマイスターが建具製作を通して技能を教えていますが、それぞれの強みを活かして指導しています。私が得意としていることは、建具製作を実演することであるため、全体の進め方やコツを指導することに注力しました。
横山 ものづくりマイスターの講義では、私たちが考えた新型コロナウイルス対策用ベンチを作りました。これまで、建築物の図面を描くことや、模型を作ることはありましたが、椅子などの大きくて実用的なものを製作したのは初めてでした。また、1人ではなく、大勢で1つのものを作ることも今までなかったため、受講する前は不安と楽しみな気持ちが半々だったと思います。実際の製作では、予想しなかった出来事が起こるなど、問題を抱えてしまうこともありましたが、3名のマイスターからそれぞれに的確なアドバイスをいただき、また質問にも親身に答えてくださいました。こうしたご指導から、問題を乗り越えることを学び、無事にベンチを完成させることができました。
大切なのは失敗を恐れず、繰り返しチャレンジし続けること
マイスターの方々は、実技指導の際にどのようなアドバイスを生徒に伝えましたか。また、生徒の方は指導を受けて何を得ることができたのでしょうか。
佐藤 生徒のみなさんは、これまでにものづくりの経験がないため、最初はなかなか上手くいきませんでした。しかし、それは当然のことで、その都度「失敗してもいい」ということを伝えて、繰り返しチャレンジし続けることが技能職にとって大事なことだと教えています。そうやって実技を繰り返していく中で、私たちのアドバイスを聴く眼差しからは、真剣に取り組む熱意が感じられました。
菅原 建具製作の技能を生徒たちに指導する中で特に意識したポイントは、専門用語をできるだけ使わないことです。私たちマイスターの中では当たり前のように使っている言葉も、ものづくりの経験がない生徒たちにとっては理解できない場合が少なくありません。そのため、専門用語は噛み砕いて誰もが分かる言葉に変換したうえで説明しています。また、建具に関する歴史を織り交ぜながら、時代の変化による技能の変遷を伝えつつ、将来、課題に直面した時にそれを解決する能力を身に付けてほしいと願っています。
高平 まずは実演を行いながら、実際の製作シーンを見てもらうことから始めました。それを参考にしながら、とにかくやってみることが重要だと伝えています。その中で、できるだけ言葉をかけてコミュニケーションを図り、鮮度の良いアドバイスをすることを大事にしました。また、作業中に良いところを見つけて褒めることにも重点を置いて指導をするようにしています。
横山 ベンチを組み立てている最中に、脚にヒビが入ってしまったことがありました。私たち生徒は、作り直さなければという発想しかありませんでしたが、マイスターはヒビ割れ部分にボンドを付けて瞬時に直してくれました。これは、マイスターの方々が今までの経験から作り直さずに、活用する方法をいくつも知っていたからこそできたのだと思います。問題に直面したときに解決する力を持つことの必要性を感じ、指導いただいた中で、特に印象深く心に残っています。
古き良き建具の技能は、新しい時代にも役立つ
マイスターの方々は、建具製作で培った技能や経験は、これから先の社会でどのような価値を生み出すとお考えですか。また、受講された生徒の方は、受講を通じて学んだことや学んだことをどのように活かしていきたいか、教えてください。
佐藤 住環境は時代と共に大きく変化しており、純和風の住宅から今はほとんどが洋風住宅に変化しています。町工場の建具屋の数も減りつつありますが、日本の伝統である建具の技能を身に付けることは、建具以外でも必ず役立つと私は思っています。そのため、受講者のみなさんには、建築や家具など大小にかかわらず何でもできる職人になりなさいと伝えています。将来的には、受講者の中で1人でも多くの方が、身に付けた建具の技能を活かすことで起業して自分の店舗や工場を持ち、努力し続けて欲しいと願っています。
菅原 最初、生徒のみなさんは自分たちの気持ちを表現することもままならないことが多かったようですが、こちらから何でも聞いていいよと声がけをするようにしてからは、コミュニケーションが円滑に図れるようになりました。特に、生徒自らが「ここは、こうした方が良いのではないでしょうか?」と、私たちの気付かないことを逆に指摘する場面も見られるようになりました。これからも、生徒の視点に立ったものの見方や技能継承の方法を模索していきます。
高平 建具は古くからあるものです。今は機械を使う作業も多いですが、手作業でなければならない作業もあります。具体的な例として、京都や歴史的建造物などの古い建具を修復する時は、分解してバラバラにしますが、その時代ごとの技能者の腕は本当に素晴らしいものです。そんな建具は、戸建てを中心とした住宅などに必要なものであるため、無くなることはありません。ただし、形状やデザインは、使用材料などの依頼内容に応じて変わります。受講された生徒のみなさんにも、変化に対応しつつ、日本の伝統的な技能を絶やさず育んでほしいと思っています。
横山 今回、デザインしたベンチをより良いものにするために仲間と話し合うことや、製作するにあたって、道具を安全に正しく扱えているかをマイスターの方々に確認していただきながら、1人では出来ないものづくりを通じて、協力することの大切さを知りました。そして、マイスターのご指導を通して、自分で考えて行動する力が大切であることを学ぶことができました。社会に出たときにも活かしていきたいと思いました。
宮城県石巻工業高校
建築科3年
横山
可門
さん