Vol.21 印章彫刻を突き詰めれば、文字を書くことが彫ることだ

木口彫刻作業 塩屋 正晴さん

印章彫刻技能士 1級
木口彫刻作業
(平成2年度度取得)

塩屋 正晴さん

1964年生まれ

塩屋印房

印章彫刻技能士とは

役所の窓口で書類を発行してもらうとき、銀行に口座を開くとき、あるいは、契約書を取り交わすとき、われわれの暮らしの中で重要な役割を果たす道具が印章です。普段の生活ではハンコ、印鑑などと呼ばれているものです。
 決して大きくはない印面に複雑な文字がデザインされ彫り込まれています。例えば会社の代表者印は、直径が1cmより大きく3cmより小さいと決められていますが、その小さな印面に細かな文字が隙間無く彫られています。この文字を彫る技能が印章彫刻です。

塩屋 正晴さんのお仕事

印章彫刻には、人間の手で文字を彫り上げる方法と機械で彫る方法がありますが、手彫り技法で制作することにこだわりを持っています。
印面に自ら筆で文字を書き、何種類もの彫刻刀を駆使して彫り上げていきます。印章に使う文字の多くは、篆書体(てんしょたい)と呼ばれるもので、一つひとつの文字にいくつものバリエーションがあり、お客様のニーズに応じて文字を書き分けます。

印章彫刻の仕事に入ったきっかけは何ですか

写真:塩屋 正晴

幼い頃から学校帰りに通りすがりではありましたが、父が店先の仕事場で座卓に座って印章を彫刻刀で彫っている後ろ姿を見て育ちました。いつも座って仕事をする姿を見て「地味な仕事だな」というのが素直な印象でした。
 高校を卒業するころには、手に職を付けたい、腕一本で生きていきたいと思い、父の仕事をやりたいと考えるようになりました。父は継いで欲しいと思う気持ちはあったのでしょうが、父から言われた事はありません。父のすすめで、横浜にある日本で唯一の印章技能を学べる神奈川県印章高等職業訓練校に入校しました。訓練校には、2代目、3代目を継ぐ人が在校していました。
 2年間の訓練課程さらには2年間の研究科において学びの時を持ち、その後金沢に戻り父と一緒に仕事をするようになりました。

仕事で気を付けているのはどんな点ですか

写真:塩屋 正晴

手彫りを専門とする店に印章を注文してくださる方は、何かしらの希望をお持ちだと思います。お客様の気持ちを引き出すことが仕事の第一歩です。店舗にお越しいただいた方は面談する事で顔の表情や声の調子からお客様の気持ちを理解できますが、ホームページをご覧になって注文される方の場合は面談ができないので、電話を差し上げたり、メールをやり取りして理解するように努めています。
 お客様からの要望を文字にしてご覧いただくところから実際の作業が始まります。印面の下書きを示してお客様の持っている思い入れ、イメージを確認します。下書きを示す事で、お客様は注文する印章のできあがりがわかります。一目見て気に入ってくださる方もあれば、私の文字をご覧になることでご自分の希望が具体的に見えてくる方もいます。
 場合によっては時間がかかることもありますが、お客様との丁寧なやり取りを重ね、納得していただいたところから実際に彫り始めることにしています。

仕事のやりがい・面白さを教えてください

写真:塩屋 正晴

篆書体には沢山のバリエーションがあるので、下書きを示すことで印章のできあがりの姿がわかり、確認していただく事は大切なことと思っています。印章のできあがりを見てのお客様の反応はまちまちで、どこが悪くてどこが良いのかを把握する事は、良い印章をつくる第一歩です。出来上がった印章を受け取ったお客様が、ご自分の希望にぴったりの出来栄えだと喜んでもらえるのが一番のやりがいです。
 印章というのは一生のうちに何個も作るものではありませんから、お客様とは、言わば一期一会の出会いです。しばらくしてから、その方のご兄弟やお子さんの印章を作るので頼みたいといった注文を頂戴することがあります。自分の仕事を評価してもらえたのだと思うと、嬉しいです

仕事で心掛けていることはありますか

写真:塩屋 正晴

「手彫り」の印章にこだわって仕事をしています。お客様からすれば、私の仕事は見えません。私の仕事を信用し、安心していただくために、印面に筆で文字を書き入れる字入れ、荒彫り、仕上げという仕事の過程を写真に撮って記録した工程表を作成し、印章を納めるときに一緒に渡すことにしています。正直なところ仕事の途中で手を止めたくはないのですが、「手彫り」の印章を求めているお客様が信用し、納得してくださることは大切なことです。
 印章彫刻の仕事の基本は、良い文字を書くことです。言ってみれば、「書くことが彫ること」なのです。
筆で文字を書く時には、力を入れるところ抜くところがあり、縦方向は細く横は太く書くなどの味わいのようなものがあり、これが一つひとつの印章の個性に繋がっているように思います。お客様がご自分の印章に愛着を持っていただけるよう、良い文字を書けるようにしたいと考えています。
印章の文字の多くは、篆書体(てんしょたい)で書かれています。一つの文字にいろいろなバリエーションがあります。バリエーションの分だけお客様の選択肢がありますので、印章の出来上がりの姿を見て納得していただくことが大切なことと思っています。

1級技能士の資格取得までのことを教えてください

写真:塩屋 正晴

2級技能士の資格を取ってから6年間の経験を積んで1級の資格に挑戦しました。
 今では廃刊となりましたが、印章彫刻を扱った月刊の専門誌を購読し、毎月毎月練習で彫った印章を出品しました。出品した読者の作品に対し技術的なアドバイスをしてくれる制度があり、今回出品した作品の添削結果を次回の出品に役立たせる勉強ができました。競技会にも積極的に出品して技能を磨きました。
 横浜の訓練校で勉強していたころのことですが、指導する先生によって教え方が違うのに戸惑いました。迷いながらも、各先生の教えを素直に吸収することに努めました。今から思えば、各先生が最もその先生に合った方法を教えてくれたのです。それは、自分にあった方法を確立することが大切であることを暗に示してくれたと思います。訓練校での先生の指導は、先生の行う動作は頭ではわかる(イメージすること)のですが、実際にやってみると手が動かないことが多々ありました。例えば、道具の作り方でも、彫刻刀の刃を研ぐときの彫刻刀の持ち方、砥石への刃の当て方を間違えれば指先を切って血が出ますし、血が止まったら研ぐ、この繰り返しをする事で自然に自分に合った研ぎ方を習得する事ができました。

資格を取得して良かったと感じることはどんなことですか

写真:塩屋 正晴

自分の技能に裏付けができたことで、仕事に繋がっている面があります。こだわりの強いお客様にお会いした時では、技能に客観的な裏付けがあることの意味は大きいと思います。
 一級技能士を取得したことで技能グランプリに出場し、2位を獲得する事ができました。競技大会への出場は、緊張感や日頃の練習もできて技能向上のための鍛錬の場となります

いま取り組んでいることはありますか

写真:塩屋 正晴

手彫りの仕事にこだわっている以上、一人でも多くの方に「手彫り」の印章の良さを知っていただきたいと考えています。習字の練習を重ねたり、技能グランプリに挑戦したり、自分の技能を高める努力を続けています。手彫りの良さを知っていただくには、お客様の希望をしっかり把握し、それに応える出来栄えの印章をお渡しする以外にないと考えているからです。
 技能を高めることでお客様の信頼と満足を積み重ねることこそが、手彫りの良さを伝える着実な道だと思います。

印章彫刻の仕事を目指す人たちにメッセージをお願いします

手彫り印章は、文字が要です。書けるから彫れるのです。まず書く事を学んでください。筆で字を書いてください。その後でも彫る事はできます。字を書く事の大切さは、父も言っていましたが訓練校のどの先生もおっしゃっています。
 仕事の見方は、人によるものだと思います。一生の仕事として取り組んでいるうちに、自分の中で仕事の意味が変化してきているように思います。仕事というのは、やってみないと分からないものです。
 仕事というのは、技能だけでも商売だけでもうまく行かないと思います。いろいろな技能を持ちつつ、何をどのように、お客様に提供すれば喜んでいただけるかを考えることが必要です。
 印章彫刻は、仕事の奥が深く決して地味な仕事ではないこと、基本の技は必要で学ぶ事に損する事はないこと、長く続けることが必要です。

プロの道具~印章彫刻技能士編

 

道具の紹介

道具の紹介

一番左は、傾斜台と篆刻台。
手彫りの作業では、傾斜台の上で篆刻台を回転させながら印面を彫っていきます。
その右は彫刻刀。
仕上げ刀のほかに、1番刀から6番刀まであり、順に刃先が広くなります。
彫刻刀の下は印泥と筆。
彫刻刀の右にあるのは硯。硯の中の赤いのは朱墨。
一番右は砥石。

塩屋 正晴さんのある日のスケジュール

9:00
業務開始 メール確認 ※インターネットでも注文を受付けている。印章彫刻の仕事
12:30
昼食・休憩
13:30
仕事を再開 印章彫刻の仕事 メールの確認
18:30
業務終了  その日のコンディションを見て、文字を書く時間帯と手彫り作業の時間帯とを決めています。 休憩時間は、目の疲れ具合に応じて適宜取ります。(細かい作業なので目を大切にしています。)

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