Vol.20 技能こそ資源に勝る宝もの 技能に汲めども尽きぬ可能性がある

広告面粘着シート仕上げ作業 / 広告面ペイント仕上げ作業 浅水屋 美枝さん

広告美術仕上げ 1級
広告面粘着シート仕上げ作業 / 広告面ペイント仕上げ作業
(平成11年度 / 平成17年度取得)

浅水屋 美枝さん

1966年生まれ

浅水屋カンバン店

広告美術仕上げとは

街を歩いているとき、車を運転しているとき、必ず目にする広告看板。看板を目印に店舗を探すこともあれば、たびたび目にするPR看板で製品の名称を覚えることもあります。
 特徴あるロゴやしゃれたデザイン、鮮やかな色彩もあればシンプルな色合いもあり、どれも個性を発揮して私たちの目を引きます。広告美術仕上げの主な仕事は、こうした看板のアイデアの提案から製作までを担う仕事です。
 もちろん、看板以外にも、シャッター描画、船舶のマークなど様々な分野で活躍している技能です。

浅水屋 美枝さんのお仕事

お客様の注文が来たら、まずは現場に行って、設置箇所の寸法を測る、下地の状態をチェックする、周囲の環境(建物の並び、風景など)を確認するなどの調査を行います。そのうえで、お客様のオーダーを理解し、完成イメージを話し合い、原稿を書きます。あらかじめお客様がデザインやロゴなどのイメージを示す場合もあります。
 広告看板は、不特定多数の人の目を引き、興味を持ってもらうことを目的にするものですが、一方では、広告内容、周囲の風景、街並みなどとの調和も求められます。

広告美術仕上げの仕事に興味をもったきっかけをおしえてください

写真:浅水屋 美枝

私は、父の仕事を継いだ2代目です。子どもの頃からずっと見てきたので、興味を持つと言うよりも生活の中でいつも目の前にある仕事でした。初めのうちは後を継ぐとか、そういうことは考えていませんでした。
 高校を卒業するとき、スポーツの道を選ぶか、デザインにするか迷いましたが、当時腰を痛めてしまいデザインの勉強をすることにしました。学校を出て、広告会社に勤務したりした後、25歳のとき父の仕事を手伝うようになりました。
 父から後を継げと言われたわけでも、誰かに背中を押されたわけでもありません。子どもの頃からずっと父の背中を見ていて、カッコいいなあとか、きれいな色だなあといった思いが心の底にあったのでしょう。気が付いたら、もう26年もこの仕事をしています。父からは「ダメ出し」を受けた覚えはありません。「失敗なんてない。直せばいいんだから。」と教えられました。
 何かの折に思い起こしたのですが、小学校の卒業文集には「看板屋さんになる」と書いていました。やはり父を尊敬していたのでしょう。

1級技能士の資格取得までのことを教えてください

写真:浅水屋 美枝

2級技能士の資格を取り、6年の経験を経て「広告面粘着シート仕上げ作業」1級技能士の資格に挑戦しました。
 受検に向けて学ぶべきものはいろいろありましたが、それを苦労と考えたことはありません。仕事としてやっている以上、技能の幅や奥行きを広げ、知識や経験の引き出しをたくさん揃えるのは当たり前のことですから。
一つだけ困ったのは、練習時間の確保です。日々の仕事が練習になりそうなものですが、そうはいかないのです。
 粘着シート仕上げ検定試験の実技では、デザインカッターを使い、自分の手でシートを切っていかなければなりません。当然練習が必要ですが、仕事が忙しかったこともあり細切れの練習時間しか取れないのです。そんな時に助かったのが、神奈川県広告美術協会が開いてくれた実技試験準備講習会でした。この会に参加して、制限時間(5時間)内に課題を仕上げる段取りを整えることができました。
 その6年後には、「広告面ペイント仕上げ」1級の資格も取りました。

資格を取得して良かったと感じることはありますか

写真:浅水屋 美枝

自分の技能に対して裏付けが与えられたことです。自信になります。1級技能士の資格を取れば終わりではありません。
 お客様から頂く仕事には実に様々なものがあります。作業条件の難しい仕事もあります。中には施工そのものが不可能ということもあれば、施工はできてもお客様の希望通りのものを制作することが困難という場合もあります。例えば、お客様はシートを貼ることを望んでいても、現場を見るとペイント仕上げでいくしかない、というように。こうしたことを見極め、プロとして、お客様が納得できるように説明するためには、自分自身の技術、技能、そして知識や経験をいつも磨き続けなければなりません。
 私は、技術とは一人ひとりの人間がものをつくり上げる技能、そして、技能とは、この技術を使ってお客様の希望にこたえる能力だと考えています。技術を使ってお客様の希望を具体化する技能を発揮するためには、知識や経験の蓄積が必要です。そう考えると、資格の取得は、スタート地点に立つことかもしれません。

どんなところに仕事のやりがい・面白さを感じますか

写真:浅水屋 美枝

広告美術の仕上げには、ペイントで描き上げる方法と粘着シートを切って貼り付ける方法があります。どちらも、遠くからでもはっきり見えるように製作するわけですから、自分の体よりもはるかに大きな文字や図柄を扱うことになります。見上げるような巨大な壁に、ペイントを塗ったりシートを貼りつけたりするときには、自分がいま作業しているところは、デザイン全体の中のどのあたりなのかをいつも理解していなければいけません。
 下絵となる図面を縦か横を基準にして縦横10等分に分け、作業をする壁なども下図を拡大する比率に合わせて縦横10等分しておきます。そのうえで、壁のマス目の左から2列目、上から3段目のところで作業をする場合には、下絵の該当するマス目を見て作業をすることになります。
 この作業を、たいていの場合高所で作業するわけですから、体が風に揺れたり日差しが強かったりして結構大変です。それに、下地の痛みや汚れがあったりと一様ではありません。
 何もない下地にゼロから描き始め、ようやく出来上がった看板が、街並みや風景と調和しながらも存在感を持って立っているのを見ると、『オォ、やったね!』という気分になります。この看板を見ず知らずの多くの人たちが見ていると思うと、また1つ自分の作品を世の中に残せた!という気分です。

仕事で苦労するのはどんなことですか

写真:浅水屋 美枝

仕事に影響を与えるのは作業する日の天候です。複雑な形をしている文字やデザインのシートを貼るときなど、強い風にあおられてしまい思い通りの作業ができないこともあります。また、ペイントを塗ろうとしても、風が強ければペンキが筆先から飛んでしまうこともありますし、雨が降れば塗料が流されてしまいます。高所作業車で仕事をするときは、風速10mを超えると操作ができなくなります。このように、天気は屋外の仕事には付き物なのですが、苦労とは違います。
 私は、仕事でのことを苦労と考えてはいません。依頼された仕事が難しく、いろいろ悩んで突破口を見つけることができれば、その分だけ自分の仕事の引き出しが増えたと考えるようにしています。
 仕事の苦労ではなく、工夫の話をしたいと思います。
 広告美術の下地にはいろいろあります。平らな壁もありますが、シャッターのように規則的な凹凸のある下地もあれば、ガスタンクのように球形のものもあります。
 例えば、シャッターのように凹凸のある下地に粘着シートを貼る場合には、でっぱり部分をくるむようにシートを貼らなければなりません。そのため、でっぱり部分の長さを測り幅に合わせて、文字や図柄の縦方向を一定の比率で拡大して製作する必要があります。
 また、球形の下地に四角形を描くときは、四角形の各辺を内側にへこませて描きます。そうすると遠くから見て四角形に見えるのです。
 どちらも、人間の目の錯覚を利用しているわけですが、こうした工夫が昔からたくさん蓄積されてきています。現場の様子に合わせてどんなテクニックを活用するかを考える、面白い仕事です。

仕事で心掛けていることを教えてください

写真:浅水屋 美枝

何と言っても安全です。高所での作業が多い仕事なので私自身も強く意識していますが、一緒に仕事をしている職人たちにも折に触れて注意しています。特に危ないのは、仕事が終わりかけてきた頃です。疲労がたまり、心のどこかに安心感が出たときが危険です。
 自分自身のレベルアップも心掛けています。いつも好奇心を絶やさず、いろいろなことに取り組んでみることにしています。
 私は、和装の師範の資格を持ち、合唱団の活動に参加し、絵画の勉強もしています。広告美術の仕事でも、新しい道具や材料が出てくれば、調べて試してみるように心掛けています。斬新なデザインを見かければ、自分ならどうすると自問自答します。こういう蓄積をもって、お客様の考えていることを理解し、より良いプランを提案していきたいと考えています。いつ来るか分からない仕事にでも即座に対応できるように、仕事の引き出しを準備していたいと考えています。
 他の人が制作した作品を見て「どういう工法で作られているのか」を考える事が楽しいです。春や秋に仕事をするのは最高ですが、夏は塗料の干き早く伸びないし、風が強ければ予期できない所に塗料が風に飛ばされてしまいます。そのような状況でも、作品の全体像、仕上がりの状態を想像して仕事をしています。

いま、浅水屋さんが取り組んでいることはありますか

写真:浅水屋 美枝

一つは、後継者を育てることです。ペイントの仕事があるときには、できる限り若い人に声を掛けることにしています。やってみたいという意欲があり、ペイントの技能に興味のある人に対してです。私のところで受ける仕事は、どちらかと言うと難しいものが多いので大変かもしれませんが、そういう中で少しでも技術の伝承をしていきたいと考えています。
 もう一つは、父がやっている小学生への職業紹介活動もサポートしています。とにかく広告美術という仕事を知ってもらい、興味を持ってほしいと考えています。
 どちらの場合にも共通することは、できるだけ誉めるようにし、失敗を指摘しないようにしています。ペイントの塗りが枠からはみ出しても、それは個性なので活かしながら修正すれば良いのです。物事を後ろ向きにとらえず、失敗は「肥やし」と考えて「引き出し」に入れておけば良いのです。失敗を失敗として認識したうえで、その改善方法を知るからこそ、初めてその人に役立つ経験になると思います。

広告美術仕上げの仕事を目指す人たちにメッセージをお願いします

写真:浅水屋 美枝

広告美術の仕事に限らないと思いますが、ただ待っていても新しいものは生まれてきません。変化もしませんし、道は開けません。少しでも興味があったら、セミナーでもイベントでも足を運んでみてください。取り敢えずやってみることを進めます。 
 実際にその世界に入ってみなければ、いつまでたっても本当のことは分からないままだと思います。好きな事をずっと続ければ、できない事も必ずできるようになります。

プロの道具~広告美術仕上げ編

 

道具の名称

道具の名称

ここで紹介するのは粘着シート貼りに使う道具です。
右から順に、ガラスなど下地に貼り着いているものを削り取るスクレーパー、水気を拭き取るワイパー。
ワイパー取っ手の上下はスキージー。
シートを貼る際に入った空気を抜く道具。その左上にある2本はカッター。
さらに左に縦に置かれているのはデザインカッター。
水色の台形は当て板。その下はシートの裏紙を切る裏紙カッターカッター。
一番左はマスキングテープ。
水色のバッグは作業しやすいように工夫してある浅水屋さんのお手製。

浅水屋 美枝さんのある日のスケジュール

9:00
現場での作業開始
10:00
休憩
10:15
作業開始
12:00
昼食 休憩
13:00
作業開始
15:00
休憩
15:15
作業開始
17:00頃
作業終了(日没時間などによって異なる)
18:00
帰宅

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