Vol.01 一針一針おろそかにしない。見えない部分の縫製にもこだわる。
和裁技能士 1級
(平成12年度取得)
上野 晃さん
1973年生まれ
有限会社 上野和裁所属
和裁技能士とは
日本文化の象徴として、日本のみならず海外においてもその美しさや裁断方法が非常に高く評価されている和服。和裁技能士は、その和服の仕立てに必要となる技能・知識を対象とした技能士です。
上野 晃さんのお仕事
上野さんは、和服を仕立てる過程でミシンは使わず、着る人の体型や寸法に合わせて全て手縫いで行います。手縫いによるメリットは、快適な着心地やサイズ調節のしやすさ、長く着られる点です。一枚の和服は、「地直し(じのし)」「裁断・ヘラ付け」「縫製」「仕上げ」といった4つの工程を経て仕立てられます。
上野さんが和裁に興味を持ったきっかけを教えてください。
和裁の世界に足を踏み入れたのは20歳のころ、実家の家業だったことがきっかけです。最初は父と仲の良かった同業者の方に弟子入りし、そこで勉強しながら和裁技能士の2級資格まで取得しました。1級を取得したのは、実家に戻り本格的に和裁の仕事に取り組み始めてからです。仕事を始めて7年後のことでした。
技能士の資格取得に向けてどんな努力をされましたか?
私の場合、技能検定は自分の技能を測る「道しるべ」のようなものだと捉えていましたので、毎日の仕事に精一杯取り組むことが実技試験に備えての努力だったといえます。学科試験の勉強は、仕事が終わった後で毎日コツコツ取り組んでいました。
技能検定を受検したときに印象深かったことはありますか?
1級試験を受検したときのことはよく覚えています。当時は合格率が10%前後の狭き門。同じ会場に20人ほどの受検者がいたのですが、合格できるのはこの中の2人程度だと考えると、急に自信がなくなってしまいました。
実技試験は制限時間内に着物の縫製を行う課題でしたが、試験が終わってからも「もっといい縫い方ができたはずだ」と悔やんでばかりでした。だから、合格を知ったときは本当に嬉しかったですね。同時に「今日からまた技能士としての新しいスタートを切るんだ」という身の引き締まる思いもありました。
技能検定のために身につけたことは仕事でも役に立っていますか?
職人の世界では、どうしても現場で覚える技術が重視されてしまい、知識の習得は二の次になってしまいますので、学科試験の勉強を通じて素材の産地や製造プロセスなどの正しい知識を身につけられたのは、とてもよかったと思います。
お客さまの中には、私たち本職も顔負けの知識をお持ちの方もいらっしゃいます。しかし、ときにはその知識が誤っている場合もある。そのようなときは、こちらから正しい情報をお伝えしなければいけないので、試験に備えて身につけた知識が役立っています。
仕事に取り組む中で心がけているのはどのようなことですか?
想像力を働かせること」と「一つひとつの作業を確実に行うこと」は常に心がけています。着物はある意味で「生き物」のようなものです。素材によっては、時間が経つにつれて生地が詰まり、サイズが変化することもあります。この世に1つとして同じ着物はないわけです。
素材の変化も視野に入れた完成図を頭の中に描き、一針一針確実に縫っていく。表からは見えない部分の縫製にもこだわり、決して手を抜かない。
そのような仕事の成果をお客さまにお届けして、喜んでいただいたときはやりがいを感じますね。過去に「あなたに仕立ててもらえるなら、値段はいくらでもいい」と声をかけていただいたときは、本当に嬉しかったです。
上野さんが仕事の中で「輝いている」と感じる瞬間はどんなときですか?
和裁の世界は奥が深く、技術・技能の追求に終わりはありません。壁を一つ乗り越えても、すぐにまた次の課題が見えてきますし、上手い人の仕事を見て「自分なんてまだまだだな」と感じることも多々あります。自分自身に満足してしまった時点で成長は止まってしまいます。そういう意味では、さらなる技能の向上に取り組んでいるときこそ、輝いている瞬間と言えるかもしれません。
最後に、これから技能検定を受ける人たちへのメッセージをお願いします。
どんな業界にせよ、特別な技能が必要な世界には、何らかの厳しさがあります。最初は当然、壁にぶつかることもあるでしょう。そこで大切なのは、目標を立て、粘り強くそれに取り組むことです。
和裁であれば、技能検定2級をとるくらいまでは、あきらめずに続けてみる。少しずつでもいいからコツコツと取り組んでいけば、今まで見えなかったことや気づかなかったことが、ある日分かるようになります。これはどんな「技」の世界にも通じることだと思うので、挫けず、あきらめず、腰を据えて自分の立てた目標に取り組んでみてください。
プロの道具~和裁技能士編
鯨尺
和裁技能士が使う定規は「鯨尺」といい、一般的に使われるような定規とは寸法が異なる。また、上野さん自身のこだわりとして、細かい布を切るときも気を抜かないよう、大きな裁ちばさみを使用している。
上野 晃さんのある日のスケジュール
- 8:00
- 出社・作業開始
- 9:00
- 縫製及び仕上げ作業
- 12:00
- 昼食
- 13:00
- お客様先へ品物の納品(特別な注意が必要な品物は、直接お客さまに説明を行う)・営業活動
- 16:00
- 帰社・仕上げ作業の続き
- 18:00
- 帳簿記入などの事務作業
- 19:00
- 退社