Vol.15 古今の技術と工夫を発揮し、使う人の特徴を押えたいす作り
家具製作技能士 1級
いす張り作業
(平成25年度取得)
井上 雄太さん
1985年生まれ
有限会社 工象所属
家具製作技能士とは
私たちの日々の暮らしとともにある家具。それは、何年ものあいだ身近にあって、家族の思い出が根付いていくものです。時には、歴史の波を越えて現代に生きる、貴重な家具もあります。家具製作(いす張り作業)技能士は、人に優しく使いやすいいすを作ったり、古い貴重ないすを修復しよみがえらせたりする高い技能を持っています.
井上 雄太さんのお仕事
お客様の依頼を受け、使う人のさまざまな場面を想定して、使い勝手の良いいすを作り上げたり、痛みのきたいすを修復したりします。時には、コンサートホールや劇場のドアを張り替えることもあります.
井上さんが家具製作に興味を持ったきっかけはなんですか
実は、子どもの頃からものづくりに関心がありました。中学生の頃は、陶芸家になろうと思っていました。大学では現代美術を専攻しましたが、心の中では、家具製作もやりたいと考えていました。どちらかと言うと、話をするよりも、ものを作っているほうが好きなタイプです。
でも、いす張りの仕事に関わるようになったのは、偶然です。この会社に凄く腕のいい女性がいて、この方が独立することになったので、社長が私の通っていた大学で彼女の後を継ぐ人を探しに来たのです。私は、ゼミの友人などに家具製作をやりたいと話していたのですが、そのことを先生が知っていて、社長との出会いがあり、この会社で働くことになったのです。
その偶然がなければ、違った世界に進んでいたかもしれません。
技能士の資格を取得するまでの経緯は
いす作りにはいす作りの、伝統的な技術というものがあります。中には、現在では使われていない技術もあります。
でも、社長から、そうした技術もちゃんと身に付けておくべきだと教えられていました。いす張り作業1級技能士は、伝統的な技術や知識も求めるものなので、挑戦しました。
資格取得に向けて努力したことはありますか
まずは、仕事以外の勉強時間をどう確保するかですが、この点は、社長自身が、仕事が終わった後でも、休日でも、好きなように仕事場を使って構わないと言ってくれたので、私の場合は問題ありませんでした。
一番大切にしたのは技能を身につけることです。知識も技術も集中して体得することでした。ここで身につけた技能は、試験のためだけでなく、必ず仕事に役立つものだと考えています。実際に、ここでは、130年前のいすの修復とかも頼まれますが、そこでは、資格取得の勉強で身につけた技能が役立っています。
もう一つは、たくさん見ることです。良いものをたくさん見て、どうすればこんな風に作れるのかを考えることです。その時大切なのは、何でも教えてもらうという姿勢でなく、まずは自分で考え、自分なりの考えを決めた上で相談することです。これは、社長の考え方でもあります。
技能士の資格を取って良かったと思うのはどんなときですか
やはり、自信になります。ただ、これはゴールではなくスタートラインだと思っています。まだまだ、知らない知識や技術がたくさんあります。社長の仕事を見ていると痛感します。そして、その社長自身が、今でもその先を目指しているのですから、私も、これで終わりということはないです。
井上さんが仕事で「面白い!」と感じるのはどんなときですか
うちの会社は、古い時代のいすの修復を頼まれることがあります。そのいすを一つひとつ剥がしていくと、その当時の技術や工夫が見えてきます。130年前のいすを修復していると、その当時の技術や工夫が目の前に現れてきます。やはり、興味が湧きますし、勉強にもなります。
もう一つは、新しいデザイン・形のいす作りを頼まれた時です。お客様のラフなイメージだけで作り上げることもあります。
そんな時は、頭の中で、座っている時や立ち上がる時にはどの部分に力がかかるのか、どうすれば使いやすくなるか、などいろいろな場面を考えて作り上げていくのですが、それもまたやりがいがあります。
古いいすの修復、新しいいすの創作、それぞれに必要な技術や知識が違い、面白いです。
仕事での苦労はありますか
苦労というようなことはないです。しかし、社長のやった仕事を見て、自分もやってみると、見た目は同じようになっているのですが、いすの表の布や革の張り具合を手で触ると全然違うことがあります。社長のはなめらかに仕上がっているのですが、私のはどこか違った感触があったりします。そこには単なる感触の問題ではなく、技能の裏付けになる理由があるのです。その理由を理解していけば、技能の応用にもつながっていきます。
そういう時は、まず自分で考え、自分なりの考え方をもって、社長に相談します。それに対して、社長は、理論的に、これこれこういう理由でこうするのだ、そうすれば出来栄えが良くなる、と教えてくれます。あれこれ考えて、それから社長に相談し、解決する中で、自分自身が成長していくと感じています。
仕事で心掛けているのはどんなことですか
いすを作るというのは、使う人のことを良く知るところから始まります。
お客様の身長、体重、年齢はもちろんですが、いすに座る時の癖とか、立ち上がる時の様子とか、そういったことをできるだけ多くつかんで、使いやすいいすを作りたいと考えています。
これには、お客様に会った時にパッと見て取れることと、お話をしている中でわかってくることがあります。そういう意味でのコミュニケーションは大切です。
このような使い手の側に立ったポイントをつかむことは、いすを作る時に、社長から受ける指示を聞きながら身についていったように思います。このお客様は、座る時に左側に体を傾ける癖があるから、いすの肘掛けの部分を少し硬くしてあげる、といった話を聞いているうちに、自分なりにお客様のことを知るポイントがわかってくるのです。
井上さんが「輝いている!」と感じる瞬間どんなときですか
何と言うのか、輝くというよりも、嬉しいという感じです。自分が作ったいすをお客様に喜んでいただいた時、使いやすいいすだと喜んでいただいた時は、素直に嬉しい気持ちになります。私の夢は、私のいすを気に入ってくださったお客様が、新しいお客様を紹介してくれて、私を指名してくれることです。使う方に喜んでいただくのが一番の評価ですから。
家具というのは、短くても20年、あるいは世代を超えて何十年と続いて家族とともにあり、家族の思い出がいっぱい詰まっているものです。いすもそうです。自分はその家の中に一緒にはいないけれど、自分が作ったいすがそこにあって、家族の皆さんの思い出とともにある、そういういす作りができれば最高の喜びで、輝く瞬間だと思います。
最後に、これからいす張り作業技能士を目指す人へのメッセージをお願いします
とにかく、本気で勉強することだと思います。それと、しっかりサポートしてくれる人を探すことですね。
自分が誰かに助けてもらって技能士の資格を取る。そしたら、今度は、自分が新しい受検者を助けてあげる。そうやって、輪が広がっていってほしいです。自分でやろうと考えて、本気で動けば、必ず誰かが助けてくれます。社長自身が、ずっとそうしてきたので、私もやはり同じように、資格を目指す人を助けたいと考えています。実際、今も、何人かの人のお手伝いをするために、日曜日を使っています。
そうやって人に協力してもらうと、いい加減な仕事はしなくなると思います。
プロの道具~家具製作技能士編
家具製作技能士編
いす作りに使う針の種類は、用途に応じて実に多種多様です。
井上さんが働く「工象」のマグネトハンマーの取っ手は、効率的に釘打ちをするためゆるい弧を描いているのが特徴です。
ひき板は、バネ・クッションを支える麻の布テープをきつく貼る道具。この張り具合が座り心地を決めます。
両端が尖っている両頭針は、両側に張った布や革の間を往復させながら糸で縫うのに使う針です。
井上 雄太さんのある日のスケジュール
- 7:30
- 出社 器具などの点検 作業開始
- 10:00
- 休憩 メールチェック
- 10:40
- 作業開始
- 12:00
- 昼食 休憩
- 13:00
- 作業再開
- 15:00
- 休憩 メールチェック (お客様の問合せなどに返信)
- 15:40
- 作業再開
- 18:00
- 作業終了 器具の片付け 帰宅