印章彫刻 -「小さな世界」に
美しい文字を刻む技

令和3年度 
中小企業・団体編
印章彫刻

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神奈川県印章技能士会

当技能士会は、印章に関する知識の充実、篆刻(てんこく)・筆耕(ひっこう)をはじめとした技能の研鑽、会員同士の交流・情報交換を目的として設立されました。「現代の名工」「神奈川の名工」等も在籍し、若手の指導にも注力しています。神奈川の印章技能を高い水準で支えるべく、技能振興に努めています。

ものづくりマイスターの
実技指導を依頼した理由

自分以外の印章に触れ
彫刻技能を高め合ってほしい

神奈川県印章技能士会
会長
大賀 雅雄(おおが まさお)さん(右)

事務局
國峯 伸之(くにみね のぶゆき)さん(左)

背景

「ひとりきりの世界」から
開かれた学びの環境を作りたい

印章彫刻は、道具の使い方や製作の工程を覚えてしまえば、ある程度は誰でも作れてしまいます。それゆえ、職業訓練校などで学んだ後すぐに「彫刻士」と名乗り、印章店で働き始める人がほとんどです。しかし、一度働き始めると他の方から技能を学べる機会は少なく、そのため若手技能者は「独力のみの閉じた世界」で彫刻を続けている、という業界としての現状があります。そうした状況を憂いてこれまでに技能士会でも勉強会を設けてきましたが、よりレベルの高い技能を若手に伝承していくために、ものづくりマイスターによる実技指導を依頼するに至りました。印章は単に彫る技能を高めれば良いわけではなく、数多ある文字や書体、その周辺の知識を身につける必要があります。美しく品のある印章を手掛けるために、マイスターからより多くの知識や高い技能を学んでもらえる機会にできたらと考えました。

効果

他の作品を見て学べる
若手が成長する貴重な機会に

今回は高い技能と知識を学べる技能検定の1級レベルのプログラムをお願いしました。まず、受講者には実技指導の前に四角型と丸型の印章を彫る課題を出し、自作した印章の印影を提出してもらいました。講義では、印影をプロジェクターで映し出し、マイスターが一点ずつ講評をしていきます。他の受講者が課題にどのようなアプローチで彫っているかを見ること、そして、それぞれに対しマイスターがどのようなコメントや評価をしているかの講評を伺えるため、非常に勉強になり、独力での学びを超えたものが得られていると思います。指導してくださるマイスターは競技会などで受賞歴のあるプロフェッショナルで、若手が個々に直接教えを請う機会などは、なかなかありません。これからもマイスターにご協力をいただき技能の伝承を図りたいと思います。

実施したプログラムの内容

毎月一回、「技能向上講習会」という形で実施しました。内容は技能検定1級レベルの技能習得を目標として、受講者の個々の技能を見ながら、習熟度に合わせた指導を行いました。課題の内容には、印章店の業務でも応用できる技能も多く含まれています。

実施プログラム

実施内容
印章彫刻作業実習
目  的
技能検定1級レベルの技能習得
受講対象
神奈川県印章技能士会会員10名
1回目
道具の調整、扱い方
2回目
文字の選定について
3〜4回目
字割り・字入れの方法
5〜9回目
彫刻方法(荒彫り、仕上げ)
10回目
捺印方法、作品のまとめ方
11回目
総括

Crosstalk Interview

印章彫刻の伝統技能を
惜しみなく伝えていきたい

Talk member

ものづくりマイスター(印章彫刻)

長澤 豊(ながさわ ゆたか)さん

ものづくりマイスター(印章彫刻)

和田 清博(わだ きよひろ)さん

昭平堂

鈴木 美菜子(すずき みなこ)さん

川上印舗

立石 明日香(たていし あすか)さん

高度な技能を身につけるため
基礎となる技能を一から学ぶ

技能検定1級レベルの技能を指導するにあたり、長澤マイスター、和田マイスターのお二方はどのような点に力を入れましたか。

長澤マイスター講習会に参加する受講者は、職業訓練校などで一通りの彫る技能は学んでいます。しかし就職後にさらなる技能向上に励めているかというと、先輩などに教わる環境を持たない方も多く、なかなか難しいのが業界の現状です。技能検定1級レベルの課題は基礎を応用したテクニックが必要なため、講習会では道具の手入れや使い方、取り組む姿勢などの基本から教えるようにしています。あえて基礎からというのは、改めて足元を固めることで、一刀目から手際よく、素早くより美しく仕上げられるようになるからです。職場で印章の「技」を学ぶ機会を持たない方も、講習により一から学ぶことで技能が向上するように指導しています。

和田マイスター受講者一人ひとり、技能の習熟度に差があるのは当然ですし、「文字のレイアウトが得意な人」、「彫るのが得意な人」など、得手・不得手があります。受講者の作業を見ながら、できるだけその人に合った指導ができるように心がけています。また時間内に彫るための技能も必要ですので、時間配分へのアドバイスや道具の適切な使い方の指導も行っています。

受講者のお二人は、マイスターから指導を受けて、いかがですか。

立石印章を作る際の時間配分が上手にできなかったのですが、「あなただったら、このやり方が良いよ」とマイスターにご指導いただき、かなりの時間短縮ができました。また、道具の持ち方も、一般的な作法と個人に合わせた作法の両方を、一人ひとりに教えてくださいました。独学のままでは、最適な方法に気づいて身につくまでに時間がかかることも、アドバイスをいただくことで、一人で考えて終わらせることなく解決へとつながります。作業が行き詰まっているときも基本に立ち返らせてくださるので、大きな間違いなどもなく作業を進めることができます。

鈴木技能検定1級レベルの課題は本当に難しいのですが、マイスターは長年培ってこられた技能を惜しみなく教えてくださいます。教科書を読んでも辿り着けない職人技を間近に拝見することができるので、とても勉強になります。この講習会を受講してから、仕事にも自信がついてきました。

文字を大切にして
お客様のために唯一無二の印章を彫る

印章彫刻における大切なこと、若い技能者に伝えたいことはどのようなことでしょうか。

長澤マイスターまず「視点を高く持つこと」が大切です。彫るときは、印章の小さな枠の内側だけを考えて作業するため、目は彫刻刀の刃先にある細かな線を見ています。しかし、刃先だけに集中しては良い印章はできません。高い位置から全体のバランスを見通して彫り進めると美しく仕上がります。それから「文字を学ぶこと」も大切です。本当に美しい印章は結局、「文字」で決まります。技能を鍛えるのは非常に難しいのですが、例えば私自身も書道で文字を学び、現在では書の方の指導もしています。受講者にもよく「文字を習いなさい」と話しています。

和田マイスター良い印章づくりには知識と経験が欠かせません。古い時代の書体・知識、どれだけ幅広く文字のことを知っているかで彫る印章は変わってきます。また、文字をどういうバランスで印材の枠内に収めるかは、なかなか難しい問題です。私も最初は苦労しました。しかし、5年、10年と学び続けると分かる瞬間が来ます。これについては繰り返し訓練が必要なので、何本も彫って挑戦することが大切です。

この「技能向上講習会」で学んだ受講者としてマイスターの思いをどのように感じますか。

鈴木私は、長澤マイスターの書道教室で書も学んでいて、半紙という空間にいかに文字を美しくバランス良く収めるかは印章と通ずるものがあり勉強になっています。やはり、文字の基本や奥深さがわかっていないと自分なりの「文字」は彫れないと感じます。講習会では受講者が彫ってきた印影を見て、マイスターが評価し、指導してくださるのですが、マイスターが修正するだけで印章は見違えるほどに美しくかつ唯一無二のものに変わります。

立石文字のバランスと空間を読むことを教えていただいていますが、まだ正直難しいところがあります。今彫っているものを体から離し、引いた視点から全体を見て、それから次は近くへ寄った視点で線の幅を見るという技が必要ですが、難しさを痛感しています。全体を見た際のバランス、また一文字一文字の彫りの美しさ、これらを両立できるように頑張っています。講習会に参加して文字の線などが変化し、少しずつ理想とする印章になってきました。マイスターにご指導いただいたからこその成長を自身でも感じています。

伝統的な彫刻技能を継承し
次世代の印章を生み出していく

これから業界で活躍される若手技能者にマイスターのお二人が伝えたいことや、また、今回指導を通しての感想などお聞かせください。

長澤マイスター技能検定1級の資格は、高度な技能やテクニックの習得が認められる証である一方で、それは一流の職人になる上の通過点でしかありません。良い文字を書き美しい印章をつくるには、永続的な勉強が必要です。お客様のご要望を踏まえた唯一無二の印章をつくれるように頑張ってほしいと思います。若手が育っていくのはこの上なく楽しみでもあります。

和田マイスター印章彫刻の世界は本当に幅が広く、私は絵を彫る「密刻」も手がけますが、文字だけでない多彩な印章があることを若い方々にも知ってほしいと思います。私たちは技能を惜しみなく若手たちに伝えるつもりです。印章彫刻という数センチの印材に込める「小さな世界」を知り、知見と技能を深める人が増えてくれると嬉しいです。そういった意味でも直接お教えすることができる「ものづくりマイスター等事業」はとても良い制度だと思います。また、印章が未来に残り続けるために、これまでにはないような枠を変形させた印章をつくったり、現代風のアレンジを施したり、もっと工夫が必要だと感じています。そうした印章の進化を若い世代に期待するのと同時に、まだまだ自分自身も何か良いアイデアを出せないかと思案中です。

受講者のお二人はマイスターの講習会を受けていかがでしたか。

鈴木受講前は文字を彫ることができても、文字を作ることが難しく悩んでいました。講義で文字の配置の仕方やデザインを学び、大変勉強になりました。私のお客様で手彫りのよさを気に入ってくださり、「よくある名字だけれども、鈴木さんの彫る印章は私だけのオリジナルという感じがする」と、大切に使ってくれる方がいます。私たちは毎日、印章を彫っていますが、お客様にとっては一生のうち購入される印章はごくわずか。お客様に長くご使用いただける印章をつくれるようになりたいと思っています。

立石講習会を通して、マイスターの美しい印章をたくさん拝見できました。本当に良い印章は品がありますし、私も同様に高いレベルを目指した印章づくりに励みたいと思います。そして伝統的な印章彫刻の技能習得に精進しながら、若い人に受け入れられる新しいデザインも考えていきたいです。