PROJECT 04
令和元年度
実施主体:公益財団法人 大田区産業振興協会
拠点:東京都大田区
開始:平成29年9月
Overview
東京都大田区発
「大田の工匠 技術・技能継承」
表彰事業
大田区内の製造業を営む中小企業において、実務指導者(師匠)と若手技術者(弟子)による各企業内または企業間で実施されている技術・技能の継承について優れた取組を表彰する制度。工業集積地である大田区ならではの先駆的な試みです。
代表者
Interview
大田区のものづくりは中小企業の優秀な技術者によって支えられています。
表彰したかったのは、その技術・技能継承の企業を挙げての積極的な取組でした。
代表者プロフィール
代表者プロフィール
公益財団法人 大田区産業振興協会
地域型産業推進課長
西野正成 さん
昭和31年生まれ。大田区産業経済部を経て平成28年4月1日から大田区産業振興協会勤務。平成30年4月1日から現職
背景ときっかけ
個人の表彰から
技術・技能継承の表彰へ
大田区産業振興協会は、高度な技術が集積する大田区の産業をより発展させるため平成7年に設立された公益法人です。
大田区のものづくりは、中小企業の優秀な技術者によって支えられています。その技術者を顕彰する目的で進められてきたのが「大田区優秀技術者表彰事業」です。平成20年度からの「大田の工匠100人」では、5年間で103人の工匠を表彰しました。大田区では将来を担う若手技術者も活躍しています。平成25年度からの4年間は「大田の工匠NextGeneration」として、56人の若手技術者を表彰してきました。
この2つの表彰事業を受け、平成29年度からスタートしたのが「大田の工匠技術・技能継承」です。実務指導者(師匠)と若手技術者(弟子)による各企業内または企業間で実施されている技術・技能の継承について優れた取組を表彰するものです。
平成26年度に区内の製造業事業所を対象に「大田区ものづくり産業等実態調査」を行い、今後の施策の方向性を探りました。従業者の退職や高齢化に伴う技術・技能の継承で、「すでに影響が出ている」という事業所が約2割、これに「今後影響が出る」を加えると、6割強の事業所が技術・技能の継承に危機感を抱いていることがわかりました。「大田の工匠 技術・技能継承」は、こうした事情を踏まえ、「技術・技能継承」について優れた取組を表彰することにより、「若手人材の確保」にも寄与することを目的にしています。
これまでの取組・今後の展開
企業内の取組だけでなく
企業間の技術・技能継承も対象に
「技術・技能継承の取組」は、必ずしも師弟を表彰するものではありません。象徴的な意味で「師匠」「弟子」という言葉を使っていますが、あくまでその企業が生き残るためのコアになる技術・技能継承の企業を挙げての積極的な取組を表彰することが目的です。
また、具体的な受賞企業はまだないですが、企業間での技術・技能の継承の取組も対象です。小学校の道徳の教科書に「日本の技術を支える町工場」として取り上げられていますが、大田区の工場では「仲間まわし」「横請け」が行われてきました。仕事を受注した企業が、自分のところではできない工程を仲間内に二次発注することです。そういう大田区ならではの企業間の技術・技能の継承も表彰対象です。
「大田の工匠 技術・技能継承」は平成29年度、30年度にそれぞれ6組の実務指導者(師匠)と若手技術者(弟子)を表彰しています。毎年9~10月に募集。翌年2月に受賞者公表。7月に大田区の優れた中小企業の加工技術が集まる「大田区加工技術展示商談会」の会場で表彰式を行っています。
メンバーズインタビュー
技術・技能の継承が会社の信用につながる
上島熱処理工業所
坂田玲璽さん
株式会社上島熱処理工業所技術部部長
安河内秀樹さん
株式会社上島熱処理工業所入社28年。47歳で現代の名工に。ソルトバス熱処理の実務指導者
穴澤典也さん
株式会社上島熱処理工業所入社10年目。ソルトバス熱処理技術を継承する
親方・子方制度で技術・技能を継承
── 上島熱処理工業所は、どのような仕事をしているのでしょうか。
坂田 当社は昭和31年創業の金属熱処理の専門会社です。上島ブランドの製品を作っているわけではなく、製品の熱処理という単工程を加工外注として請け負っています。
ばね、軸受、工具から航空機の部品まで、毎朝、さまざまな製品の部品がお客様から我々の会社に送られてきて、それに最善の熱処理をして返すのが我々の仕事です。現場の作業者にその判断が求められるため、これまでも初心者・中堅・ベテランそれぞれに教育プログラムを用意し、現場の技術・技能のレベルアップを図ってきました。これまで6人の「現代の名工」を輩出し、現在も3人が在籍しています。
また、後継者の確保と育成のために行っているのが、インターンシップ制度の積極活用と親方・子方制度です。熱処理は工場内も高温になるため、過酷な環境に耐えられるか実際に体験して入社を決めてもらっています。また、熱処理は経験と勘が大事な仕事です。ベテラン指導者と若手を組ませてOJTでノウハウを学ばせる親方・子方制度を技術・技能の継承の基本にしています。今回「大田区の工匠 技術・技能の継承」で表彰された安河内と穴澤も、そうした師弟関係の一つです。
── いつから師弟関係なのでしょうか。
穴澤 僕が高専4年の時、2週間インターンシップに来た時の先生が安河内さんだったんです。入社してからの4年間は当時70歳の方に付き、その後、安河内さんに付いています。
安河内 その70歳の人は私の最初の先生だった人なんです。
── 安河内さんは穴澤さんの兄弟子?
安河内 そういう言い方もできますね。でも、一度親方になった人は、教わることがなくなっても先生です。その人がいるだけで安心感がありますね。
── 穴澤さんが今やっている仕事は?
安河内 穴澤くんがインターンシップに来た時に私がやっていた仕事です。800~850度の低温焼き入れですが、冷却スピードの微妙なコントロールが必要で一瞬も気が抜けない仕事です。
── 穴澤さんの今後の目標は何ですか。
穴澤 安河内さんに追いつくことが最終的な目標ですが、今年僕も10年目なので、そろそろ新人に何を聞かれてもすぐ答えが返せるような、安心感の持てる先生になることですね。
メンバーズインタビュー
技術・技能の継承が会社の信用につながる
三益工業
中西忠輔さん
三益工業株式会社代表取締役
高瀬義明さん
三益工業株式会社入社38年目。汎用旋盤工歴58年の実務指導者
今井耕平さん
三益工業株式会社入社10年目。4年前に汎用旋盤の技術習得を目指す
OJTで短期間に技能を継承
── 三益工業の主要事業は何ですか。
中西 航空宇宙機器や電力発電施設、高速鉄道車両など、試作品の単品加工や多品種少量生産の精密加工が主体です。大田区の本社工場(東京工場)だけでなく、平成2年からは栃木県に那須工場も稼働させています。これまで東京工場は汎用機械と熟練工による加工、那須工場はCAD/CAMやNC工作機械で若手中心の生産を行ってきました。最近はNC旋盤やマシニングセンタなど数値制御の工作機械が主力ですが、汎用旋盤の役目がなくなったわけではありません。「芯」を頻繁に確認しなければならない加工など、熟練工に頼る部分がまだまだあります。
── 技術・技能の継承をどう考えていますか。
中西 10年に1度注文がくるような仕事もあります。熟練工の高齢化と若手への技術・技能継承は、“多品種少量生産”に必要な技術・技能をどう残していくかという問題でもあるのです。試みたのはOJTによる短期集中の技術・技能移転でした。最初に行ったのは、東京工場で熟練工が作っていた航空機用ブレーキ部品歪矯正作業の那須工場への移転でした。「習得できるまで無期限の出張」と言って若手を東京工場に出向させた結果、1週間のマンツーマン指導で基本技能の習得ができました。指導者も学習者も熱意と目標を持って取り組めば短期間でも技術・技能の継承ができること、人は仕事を任せられることで予想以上に大きく成長することをこの経験から学びました。
今回の「大田区の工匠 技術・技能の継承」で表彰されたのは、東京工場内の汎用旋盤の技術・技能の継承です。熟練工の高瀬が突然倒れ、若手の今井に汎用旋盤の技術・技能を継承してもらう必要が出てきたのです。
高瀬 それが4年前です。私がフルで働けなくなり、今井君に汎用旋盤を教えることになったのですが、覚えが早かったですね。汎用旋盤は品物によって加工手順が違うのですが、1回削って見せると、すぐできるようになる。今井君は半年でほとんどのパターンに対応できるようになりましたね。
今井 品物ごとに手順を覚えようとしたら無限にあるわけで、高瀬さんから学んだのは、材質や厚さが違うからこういう手順で削るという「考え方」です。それがわかれば応用も利くわけです。
高瀬 汎用旋盤がなければできない仕事というのは2、3件しかありません。しかし、それができることが会社にとっては大事で、今は汎用旋盤を扱える職人は工場に1人いればいい。そういう職人を育てられたのはうれしいですね。