PROJECT 02
令和3年度
実施団体:株式会社奥会津昭和村振興公社
拠点:福島県大沼郡昭和村
Overview
栽培から糸づくり、製造、販売支援、後継者育成まで、
一貫した取組で伝統技術を継承
昭和村は福島県の西部に位置する美しい自然に囲まれた山村。特産品のからむし織を、奥会津昭和村振興公社が中心に昭和村からむし生産技術保存協会、昭和村役場が一体となって、原料の栽培・調達からからむし織の後継者育成、製造、販売まで一貫して支援する取組を進めている。30年近く継続した取組は、多くの後継者を育成し、また、都内の帽子店で人気を博すなど、着実に実を結んでいます。
代表者
Interview
体験制度を軸に、からむし事業のさらなる発展を
代表者プロフィール
代表者プロフィール
株式会社奥会津昭和村振興公社 専務取締役
湯田 文則 さん
背景ときっかけ
後継者の人材確保を目指した「からむし織体験生事業」
からむし織は苧麻(ちょま)という植物から取れる繊維を使った織物です。栽培から織りまですべて手作業で行うもので、平成29年には「奥会津昭和からむし織」が経済産業省の伝統的工芸品に指定されました。
昭和村のからむし生産は明治時代がピークで、越後上布や小千谷縮布などの原料として新潟県などへ盛んに出荷されていました。昭和期になると、繊維産業の衰退とともに生産量は減少の一途をたどります。村の過疎化や高齢化による後継者不足が年々深刻さを増していましたが、高冷地である昭和村ではからむしが貴重な換金作物であり、絶やすことのできないものでした。そこで昭和46年、昭和村農業協同組合内に「からむし生産部会」を設立し栽培復興に乗り出し、さらに昭和56年には同じく組合内に「工芸課」を設置し、販売業務も担うようになりました。平成6年には、からむし織の認知度を高めるとともに、からむしに関わる後継者を増やす施策として、昭和村役場の発案により「からむし織体験生事業」(通称:織姫制度)をスタートさせました。また、一層の発展を図るため、からむしの振興事業に特化した組織を作り、平成8年に昭和村農業協同組合工芸課から独立する形で、奥会津昭和村振興公社を興し、からむし振興、地域振興を図る様々な業務を行ってきました。
これまでの取組
着実に後継者、定住者を増やしてきた「織姫制度」
からむしの振興には、「製品の認知度を高め、販路を拡大する」ことが重要です。そのためには、質の高いからむしを栽培する生産者と糸づくりの担い手や織り手を増やすことが必要不可欠です。振興公社が設立されたことで、はじめてそれらを一貫して取り組むことができるようになりました。
施策のひとつは、地元農家が生産したからむしの全量買い取りです。生産したからむしが確実に換金されるシステムを作ることで、生産者は安心してからむしの栽培に専念できるようになりました。
また、からむしに興味のある人々を全国から募集し、選考を通った体験生が5月から翌年3月までの約11ヶ月間、村内で共同生活を送りながら、からむしの栽培から織りまでを学び、村民との交流を通して山村生活を体験する「織姫制度」もユニークな取組として成果を上げています。昭和村役場からむし振興室が運営を担うこの制度は、令和3年度で28期目の体験生を迎える継続的な取組となりました。昨年までの27年間で119名が体験を修了し、うち34名が昭和村に移住しています。現在、体験を終了した上で、さらに継続してからむしを学ぶ研修生が6名、糸積み職人が6名、織り職人が3名となっています。村にとってプラスに働いた点として、12名が地元の男性と結婚し家庭を持たれたことが挙げられます。からむし織の後継者育成が目的の「織姫制度」ですが、過疎問題の解消に貢献する意外な効果ももたらしました。
糸づくりについては、これまでは村内の糸績み職人に頼ってきましたが、高齢化により職人が減少しつつある中で、村外や県外の織姫制度卒業生にも声をかけ、少しずつ後継者が育っています。特に、からむし振興室が主催する「糸づくり講習会」は、糸績み職人の人材育成に大きく寄与しています。一方で、織り手の後継者不足はまだ十分には解消されていません。からむし織はすべて手作業のため、一度に多くの製品を作ることができないのですが、以前は織った製品に対しての出来高賃金のみの支払いでした。このように、織り手が不安定な収入のままではなかなか後継者も育ちません。そこで村では、研修生に対して最長3年間、月に8万円の報償費を支給するようにしました。さらに織り手となったのちも働きやすいよう、振興公社では、令和元年度から織り手をパート職員として雇用し、社会保険への加入とともに安定した収入が得られるようサポートしています。自ら織り上げた製品は出来高としてパート賃金に合算されます。
からむし製品の販売促進も振興公社の重要な役割であり、着尺(きじゃく)※や帯などについては取引のある専門業者において販売を委託するとともに、小物などを含めたからむし製品については、販売所である「道の駅からむし織の里しょうわ」で展示販売するほか、県内の観光物産店や都内の福島県のアンテナショップなどで委託販売も行っています。合わせて令和3年から振興公社の公式ホームページ内で通信販売を始め、販路拡大を図っています。
- 着尺:和服一枚を仕立てるのに必要な幅と長さを備えた生地
今後の展開
「からむし織」の認知度が上がることで後継者不足に光明も
「からむし織」を絶やさないという思いからさまざまな面で取り組んできましたが、課題のすべてが解決したわけではありません。からむしの後継者不足に関して特効薬はなく、地道に現在の取組を進めて行くしかないと考えています。しかし、少しずつ希望も見え始めています。守り続けていかなければならない着尺、帯を中心として、新しい小物やアクセサリーを製品化することで、広い世代のファッションアイテムとしても取り入れられています。とくに帽子は、都内の帽子専門店で取り扱ってもらえるようになり、人気を博しています。また、東京オリンピックでは海外からの来賓に対する福島県からの贈呈品として、からむし織のカードケースとハンカチのセットが選ばれました。認知度が上がれば、織姫制度に応募する人も増えますし、伝統技術を継承する人たちが育つことにつながっていくと考えています。
メンバーズインタビュー
からむしを学ぶだけでなく、
村人との交流や山村文化を体験できることも魅力
羽染桂子さん
(体験生指導員)
(写真左)
吉村菜々子さん
(令和3年度体験生)
(写真左から2番目)
村上加奈さん
(令和3年度体験生)
(写真中央)
高橋知子さん
(令和3年度体験生)
(写真右から2番目)
岡井理恵さん
(令和3年度体験生)
(写真右)
――「織姫制度」に応募した理由を教えてください。
村上 学生時代にからむし織の過程を追った昭和村のドキュメンタリー映画を観てとても興味が湧き、自分も実際にその伝統技術に触れてみたいと思い応募しました。
高橋 からむし織に興味もあり、昭和村の方々との交流をはじめ、郷土料理や生活工芸など、山村文化を幅広く体験できる点が良いと思い応募しました。
吉村 もともと伝統工芸に興味があり、こちらの制度は歴史もあり、受け入れ体制もしっかりしているので、安心して学ぶことができると感じたため応募しました。
岡井 昔から原始織物や染織に興味があり応募しました。私は東京で育ったのですが、田舎暮らしとか昔ながらの手仕事が日常にある生活に憧れがあり、ほぼ1年間じっくり体験できることにも惹かれました。
――「織姫制度」のカリキュラムについて教えてください。
羽染 春は除草やからむし焼きなどの畑作業を主に行い、7月末からお盆前にかけてからむしの刈り取り、からむし引きを行います。その後、苧績み(おうみ)といった糸をつくる工程を体験し、秋に糸の草木染め、1月から高機により織りを学びます。3月中旬には作品展として自分が織った物を村の人々に見ていただきます。からむし以外にも野菜づくりやソバ打ち体験、村の行事に参加するなど、さまざまな課程が用意されています。
――体験生になって、感じたこと、楽しかった点などを教えてください。
岡井 一つひとつ教えていただく作業や技術が、実は何百年も昔から受け継がれてきたもので、それに今自分が触れていることに感動しています。
吉村 刈り取りや糸づくりなど、工程ごとに見たこともない独特の道具を使うのですが、それぞれに先人の知恵が生かされていて、からむしの奥深さを感じました。
――からむし織の魅力って何ですか。
高橋 からむし織の素朴な風合いが一番の魅力です。また、見た目だけでなく、軽くしなやかで通気性や吸湿性にも優れている点も素晴らしいと思います。
村上 歴史や伝統があるものだけど、新しい発想とかアイディアを作品に取り入れていける点、織物としての寛容さや自由度の高さも魅力です。
羽染 かつて昭和村のからむし産業は、からむし引きして作った繊維を織物産地へ出荷するのが主で、からむし織自体はそれほど盛んではありませんでした。結果的に昭和村のからむし織は、工芸品としての厳格な決まり事が少なく、自由な発想で作ることができます。そんなところも気軽に取り組める要因かもしれません。
関係者インタビュー
プロジェクト関係者に聞いてみました。
「からむしは絶やすなよ」という先人の言葉を守るプライド
昭和村からむし生産技術保存協会の役割は、昔からの伝統的な栽培技術を守り、次世代へ伝えていくことです。具体的には、からむし栽培に関わる講習会を開き、協会員である農家さんたちと植え付けやからむし焼き、刈り取りの技術など各工程について意見交換するなど、栽培技術の向上を図っています。また、協会としても良質なからむしが生産できるよう常に研究を重ねています。
からむし農家も高齢化し、後継者問題を抱えていますが、「織姫制度」の卒業生がからむし栽培を手伝ってくれるなど、明るい兆しもあります。からむし栽培は自分たちの世代だけ守れば良いというものではなく、地道に長い目で後継者の育成や栽培技術の継承を進める必要があると考えています。
昭和村のからむしは、ユネスコ無形文化遺産並びに国重要無形文化財である越後上布や小千谷縮布の原料となっています。文化財を支える品質を維持できているのも、協会の取組の成果だと思います。「からむしは絶やすなよ」という先人の言葉を胸に、私たちの精神文化でもあるからむし栽培を守っていきたい
プロジェクト関係者に聞いてみました。
からむしの魅力を再認識させてくれた織姫制度
からむし振興室は、行政の立場からからむし振興に関わる事業の実施、振興公社や生産技術保存協会などと連携し、総合的にからむしの振興を図っていく部署です。村の事業として実施している「織姫制度」は、毎年、全国の18歳以上を対象に村のホームページ等で募集し、論文(応募動機)や面接などを経て体験生の選考を行っています。体験修了者のうち、より深く学びたいという方には、最大3年間、体験生の指導補助やからむしを研究することを条件に「研修生」とする制度を平成11年度から導入しています。
これまで28年間、「織姫制度」を続けてきた効果・成果は、後継者の育成や技能の継承はもちろんですが、全国から若い女性が応募してきたり、マスコミに取り上げられたりすることで村の人々が、「からむしは魅力のあるものなんだ」と誇りや自信を持てるようになったことです。これまでからむしに関わっていなかった人々がからむし栽培を始めるなど、「織姫制度」は地域の活性化に大きな効果をもたらしています。
- 撮影用にマスクをはずした写真が掲載されておりますが、ソーシャルディスタンスを確保するなど、取材は新型コロナウィルス感染症対策を講じて行っています。